選挙が終わったけど、石原があんなに強いとは意外だった。選挙の前は、テレビやネットでいろんな立場からの意見がとびかう。誹謗中傷やデマも。いろんな意見をできる範囲で読んだり考えたりしたが、余計にわけがわからなくなる。 なんで、わけがわらなくなるのだろう。意見のバリエーションで混乱するというよりも、根本的な部分を考えることができないような、骨抜きにされているような感覚が僕にはある。そもそも言葉を持っていない、言葉が存在しないから考えることができない、そんな感じ。 いま、江藤淳の「閉された言語空間」という本を読んでいる。戦後の検閲の話だ。ひょっとすると、ここに問題の根本があるのかもしれないと思って。 検閲という言葉は知っているし、そういうものがあるということも知っている。しかし、それがどれほど重大な問題を孕んでいるかにまでは考えが至っていなかった。 人は言語空間の中でしか世界を認識できない。ということは、検閲によって世界認識を変えることができるし、奴隷を作ることもできるということだろう。つまり、検閲で国家をデザインできるということだ。 日本の現状はそのデザイン実験の結果なのかもしれない。奴隷であることに気付いていない奴隷が一番不幸な奴隷である、と言ったのは誰だったか。 |