先日読んだ江藤淳の「閉された言語空間」がなかなか面白かったんだけども、その後藤田信勝の「敗戦以後」という本を読んだみたら、内容がちょうどよくはまって楽しい。

前者がどういう本か、紀伊国屋書店サイトから引用すると『さきの大戦の終結後、日本はアメリカの軍隊によって占領された。そしてアメリカは、占領下日本での検閲を周到に準備し、実行した。それは日本の思想と文化とを殱滅するためだった。検閲がもたらしたものは、日本人の自己破壊による新しいタブーの自己増殖である。膨大な一次資料によって跡づけられる、秘匿された検閲の全貌』というもの。

一方、後者の本は昭和二十年八月十日から始まる毎日新聞の記者による個人的な日記。

江藤の書物はポツダム宣言を受諾した時を起点に、何が動き出したかが、マクロな視点からの調査研究によって浮かび上がる楽しさ。

藤田の書物は反対にミクロな視点。個人的な心の揺れ動きの素直な吐露によって、実に生々しく時代の空気が描かれている。

検閲を計画する側、検閲にあう側。まったく違う方向から二つの光を当てて、一つの像が形を成していくような面白さも感じるんだけど、合わせて読めば読むほどに頭は混乱し、胸はしめつけられる。憲法改正についての議論にまでは、全くまだ頭が至らないな。不勉強すぎて混乱の極み。

>>「閉された言語空間」
>>「『敗戦以後』復刊に寄せて」