時には「時刻」と「時間」というものがある。時の流れのある一点が「時刻」であり、ある時刻から時刻までの間が「時間」だ。厳密さを尊ぶわたくしは、電話で「待ち合わせの時間、どうする?」などと言われると『そりゃ、待ち合わせの“時刻”と言うべきだろう、まったく・・・。でもそこは突っ込むとこじゃない。細かいイヤな奴だと思われるだけに決まっとるでナ・・・』という脳内過程を過ごしてから「7時半でどうだい?」などと気さくに答えるわけだ。

「時間割」は時間を割って「算数の時間」を表し、「時刻表」は時刻が表にして発着を表している。どちらも便宜にかなっている。

話は戻るが、アナログ時計の文字盤は、デジタルが時刻を表示することしかできないのに対して、時間を把握すること、時間を可視化することに長けている。しめしめ、あと目盛り四つあるから、二つ分アレして、二つ分コレしよう・・・などと考えやすい。デジタルじゃそうはいかない・・・。

と、ここまで考えたところで、車内の周囲を見回してみた。腕時計をしている人はどのくらいいるだろう。ざっくりと見える範囲で勘定してみた。年齢性別に関係のない10人ほどだった。少ない。腕時計をする人はすっかり少数派になっていたのだ!今朝は自分が少数派に属していることを確認した。そんだけー。

>>「モモと時間どろぼう」