【自覚なく持つ信念】 周囲から見れば歴然と変わり果てているのに、本人にその自覚がないという状態。かく言う自分もそんな危機的状態を繰り返してきたのだけれど。たとえば孤独は想像力・創造力を育むが、同時に独善や狂気に陥る可能性を孕んでいる。 老いて頭が固くなる。頑なになる。これは老化というものなのだろうが、自覚することが難しいものの一つじゃないか。三十も半ばを過ぎれば、他人の言うことを聞いているつもりで聞き流していることがあるものだ。相づちを打っているのに、上の空。はいはいそのパターンの話ね。ソレに対して僕はこう思うんだよ・・・・・・すでに決定的な“信念”が生まれているのだろうか。 「信念」といえば、それは実にやっかいなものだと思う。「絶対に正しい」「これだけはゆずれない」そんな意識が世を分断しているとしか僕には思えない。 老いて頭が固くなる、というのは仕事にも影響する。長年蓄積してきた仕事の流儀でぞんざいな仕事をしているのではないか、という反省をすることが最近多い。自覚があるだけマシかもしれないが、固くなってきているのかもしれない。初めてデザインにかかわったときの新鮮な気持ちを取り戻したいもんだ。あの頃の方が今よりはるかに自由な発想があったわ。 もちろん、経験・蓄積が悪いことばかりでないだろう。適度にボケてくると容易に周囲に振り回されないから落ち着きがでる。しかし悪くすれば頑迷さに陥ってしまう。“信念”には要注意だ。 しかし「“信念”というのはやっかいなものだから、オレは絶対に信念なんて持たないぞ」、、、なんて“信念”を持ってしまっては本末転倒。結局、言葉じゃ二項対立、パラドックスに陥って丸く収まりゃしないし、そもそも未来と約束すること自体に無理があるんじゃないか。ではどうするか? ただ今ここを見つめること、それが一つの良い方法ではないかと思える。ただ身の回りをもう一度、あらためて丹念に見つめること。フレッシュに。 これが現時点での結論。これがねぇ、、、簡単なようでとても、とても難しいことなんだよねぇ。 |