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08/03/2010 やっとこさ
やっとこさ作品を作り始めた。
といっても、昔作っていた「道草を喰う犬」シリーズをもう一度
作り直しているといった具合だが。
ごくごく些細なマイナーチェンジを施したり、メモ用紙を犬の口に挟めるようにしたりなど、まあ、作ってる本人にしかわからんような変化をつけてる程度。
実のところ、これをなんとか近所のセレブなお店に置いて貰えないかと目論んでいるのです。
やはり、あくまでも作品で食って生きたい。
そのための、遅ればせながらの悪あがきなのである。
このあたりは犬を飼ってる人が多いし、金もってそうだし・・・。
などといやらしいことを考えているわけです。
まあなんにせよ、これに限らず作品をとにかくこつこつためて
展覧会もやらねばならん。
この日記も付けねばならん。
この日記も、久しぶりにきちんと付けなおそうと思った矢先にパソコンのキーボードがいかれてしまい、なんだか出鼻をくじかれ、作品もいよいよ大きいものを作ろうとした矢先に手のひらをざっくりぶった切ってしまい、小さいものを作るのもおぼつかない始末。あほだ。
まあ、ここまでのんびりやってきたんだ。
いまさらあわててもしょうがないということか。
とりあえず、キーボードは復活したので日記をつけてみました。
あしからず。

06/03/2010  
色々あって、今、東京で仕事を始めることになりました。
住むだけならなんとかなるが、この仕事を東京で始めるとなると結構な苦労だったが、なんとか場所も見つかり始められそうです。

09/13/2008  
なぜか気がつくと半年以上間が空いている。
もともとタイピングが苦手なんでキーボードに向かわないことが多いのだが、もう少し何とかしようと思う。
個人で、決まりごともなしに仕事をするというのは思いのほかつらい。よほどの自制心がないと難しい。
あまりそれが強いとはいえない俺は結構これでも苦悩している。
と、なんとなく言って見たかったので言ってみました。

02/14/2008 ヒジョウニ久しぶりです。
半年以上間をあけてしまいました。
川口の工房は存続不可能ということで引き払うことに。
仲間達はそれぞれの方向へ。
金属で制作する仕事が入っていなければ、なんとか自宅のある川口近辺で工房を探そうと思っていたのだが、こういうときに限ってそんな仕事が(ありがたいことに)たて続いていた。
200ボルトの電源があって、音を出してもよくて、なんと言っても「火気」が自由に使えるところなんておいそれとは見つからない。
若干の悩みをかかえつつ、過去に俺が思う様やさぐれてしまった軽井沢の工房を復活させることにした。
まあ、復活も何も、当時家は使っていたものの工房の方は全くといっていいほど使っていなかった。
今回のことを機に、こいつを完全機動させることにしたわけです。
こいつが意外と難儀な作業で、持っていた機材をポーンと放り込めばまあ、なんとか仕事ができるであろうと思っていたのが甘かった。
導線は確保できていないは、なにがどこにあるかもわからんし、
電気の割り振りもかなりいいかげんに施工されていた。
当時チェックしなかったのが悔やまれる。
今まで付き合いがあった業者はほとんどここでは使えないので改めて地元の業者とつなぎを作らねばならない。
この場所は、昔、部落として疎外されていた土地らしく、あらゆることでほっとかれている。
電波が悪いのでテレビが映らないのはこの辺りでは当たり前なのだが(長野の山間は電波過疎地は多い)少しはなれたところではケーブルを通してくれているが、ここは範囲外だという。
冬場は市のほうで除雪をしてくれるはずだが、数メーター手前で除雪車は折り返してしまう。
2年前ぐらいまでは道路の舗装すらしてくれず砂利道だった。
一応剣道なのにだ。うちの区域を過ぎたところから舗装道路になっていた。
いまだにこんな現象が残っている土地だ。
軽井沢といっても、駅前に展開している世界とは全く違う。
まあ、単なる田舎だ。業者も、「そんなところ知らない」ってな感じで配送とかもおよびごしだ。何十件電話したか分からない。
しかし、面白いもので、これも田舎の特性なのかも知れないが
いったん取り引きが始まると、親戚のようにちかしい付き合いになる。
なにかとありがたい。
あらためてここを拠点にしようと考えているので、こういった付き合いは大事だとは思うのだが、なんだかみんな話し好きで・・・。
俺みたいなのが珍しいのもあるのかもしれないが、配達のたびに数十分話し込まれるのはやや微妙だ。面白いけどね。
とまあ、こんな感じで、軽井沢で制作を開始しました。
お蔭様でいい感じに仕事が途切れずに入ってきているのでテンポもいい感じです。
仕事ごとに工房をより充実させようと思っております。
うーん。
やっぱり、自分ひとりの専用工房があるのは楽しい。

06/15/2007 訓練
世間でよく言われる「才能」とは別に反復やなんやで培われるものがある。
「努力」ともいう野かもしれないがまあ、訓練による成果だったりする。
こういったものは、鍛錬を怠った瞬間にあっさりとだめになる。
身体やなんかがなんとなくは覚えているが、続けることをおこたったことを如実にわからせてくれるものだ。
自分がやっている彫刻に関してもそうだ。
溶接や溶断なんてものは制作の一過程にすぎないのだが、
数年のブランクはあからさまにその「サボリ」を露呈してくださる。
ただ付ければいい、ただ切ればいいことをいちいち意識させられる。
そんなこと一気に飛ばして制作に入れたのになあ、昔は。
なんて、思ってしまう。
思いやら、線の綺麗さや面白さ、奇抜な(分からんが)構成や
楽しいアイデア。
前よりも垂れ流れてくるのに技術が追いつかない。
間違いなくあの時から(いつかは言わないが)ひたすら続けていれば技術的には相当なものになっているであろうがそれをサボってしまった俺がいる。
今になって改めて孤独に溶接実習でやったような溶接をしてみたり溶断を試してみたりしている。
追いつかない。
なんてへたくそになってしまったのだろう。
学生時代は作品そのものよりもその技術をほめられたものだったが(それもどうだろうと思うが)。
腕が無いだけに考えることも多々あったりするので悪いことばかりではないのだが、やりたいことが出来ないのはとんでもなくストレスになる。
「人に頼むのか」「既製品を使うのか」
どちらも出来ればやりたくない。
塗装であったり、設置であったりするとまあ、餅は餅屋でってことでわりきれるけど「モノ」そのものはねえ。
まあ、ここまで長々と書いといて実はこれは前フリで。
「人としゃべる」ってことをこの数年あまりしていないのですよ。
家でしゃべるか、クライアントの間に入っている建築家としゃべるぐらいで。
どちらも気心知れてたりするもんだから多くを語らない。
「まあ、こんなもんで」ではなしが終わってしまう。
話し方を忘れるわけですわ。
伝える努力のやり方がわからなくなる。
気が付くと凶暴な、ド直球な言葉しか出てこなくなる。
直にクライアントに会った時に本当に困ってしまうぐらいだ。
どこで誰にどのように敬語を使うのかとか、どの程度まで自分を出していいのかとか、もう、チンプンカンプンだ。
数年前、誰とも話す機会がなかった時の方が気が楽だったかもしれない。
ああ、なんだか難しい。
伝わんねえなあ、なにもかも。
なんか、めんどくさくなってきた。
あああああああああああああああああああああああああ。

05/31/2007 貸しアトリエ・続編
以前も書きましたが、今もメンバーを募集しています。
更新する為に保証人やらなんやら、また、継続して残ってくれるメンバーが何人になるかなど、諸問題があったわけですが、なんとか解決しました。
後は新メンバーをあと2人見つけること。
現在、新メンバーを一人迎えて5人。
一人づつの金額的負担と使用スペースを考えると7人がベストなんです。
今いる人たちが全員金属を扱った彫刻をやっているもので、できれば同じく金属の作家がいいかと思います。
一応、立体全般の工房としてやっていますが、金属と同時に作業するのは結構難しいかと思います。
というか、金属の作業場を見つけるのはかなり大変なはず。
うちのアトリエは24時間音を出しても平気ですし、鋳物の街川口なだけに材料調達なども容易です。
是非、借りてやってください。
最近、色々と改装の予定です。
より使いやすくなるはずです。

写真はまだ、現状のままです。

05/28/2007 久々
実に久々の更新。
2ヶ月ぶりのようです。
なんだか、1,2ヶ月なんぞあっという間に過ぎてしまう。
意識の中ではあっという間の2ヶ月でも、実際2ヶ月生きているわけで、その分金も出て行く。
精神的には結構な充実感のある2ヶ月だったが経済観念の欠如した人間としてはナカナカ厳しい2ヶ月だったわけでして、
そしてまだそれは続いているわけです。
6,7年前ならば、こんな金がらみのことなんぞ面倒すぎてさくさくと死に向かって堕落していくところですが、ここんとこそういう感じでもないので(って、軽すぎるか)先を見据えようとするわけです。
仕事をしても即金になるわけではないのが当たり前の仕事なわけだし焦っても仕方が無い。
土も耕さないうちにパラパラ種まいても育ちゃしない。
遅ればせながら、やっとこさ耕し始めたわけですよ、いや、気付くの遅かったけど。まだ間に合うかなってさ。
前から偉そうに語ってたアートで飯を喰うって事の為の畑をやっとこさね。
もともと持論として持っていた(いや、師匠の受け売りか?)考えに、どうやって乗っていくかが見えなかった。
ランドスケープで街中に彫刻やらなんやらアート作品を置こうが、美術館を作ろうがアートに対しての日本人の考え方は変わりはしない。
まずは個人レベルから認識をかえていかなきゃだめだ。
個人個人には、この、なくなったってどうでもよさそうなアートに対する渇望は実は潜在的に存在していると思う。
そうでなければ、物々交換が主流であったころに美しいと言う理由だけで金やら輝石が交換の対称になるはずも無い。
別に冷静に考えれば金やらダイヤなんて食えるわけでもないしなんかに使えるわけでもない。それでもありがたがってるわけだ。
気持ちを豊にしてくれるものってのは要求されてるってことだ。
アートも間違いなくその分野に存在しているのだが、使い方と言うか存在のさせ方が、受け取り側に理解されてない。
ヨーロッパあたりの方がその存在させ方を理解している。
それは何故か。
アートが個人レベルから吸い込まれているからだと思う。
日本で一軒家を建てる。
隣と違うものにしたがる。
とにかく違うものになる。
ちぐはぐになる。
街としてはわけのわからないものになる。
ランドスケープ的にはひどい結果になる。

要は本物のに対する認識の低さと敷居の高さが邪魔をしているのだと思う。
アートの生産者とそれの受け入れ側とにとんでもない溝がある。
同じアートとくくられる音楽にどんだけの敷居の高さがある?
彫刻、油絵、日本画、何故同じ位置に存在できないのか。
同じでいいじゃねえか。なりたくない奴らが溝を掘っている。
投げる側と受け取る側でお互いに線引きをしている。
これじゃあ喰っていけるわきゃあないわな。
・・・と、いうわけで、ずっと個人攻めを考えているわけです。
巨大な野外彫刻もいいですが、まずは冷蔵庫のように一個人の家の必需品にしていきたい。
個人の意識が高まれば、その集合体の街が変わる。
市民の意識が高まれば市が変わる。
県も変わって国も変わる(飛びすぎか)。
ま、要するに、アートは怖くないよ、ってこと。
もっと受け入れていこうぜ。
というか、受けれさせるものを創っていこう。
切り口に斬新さを求めるのはやめて、普通のところにこそ自分の力量をぶつけたい。
既製品と作家モノのニュアンスの違いをわかって欲しい。
そこでこそ物の力の違いがわかるはず。
ああ、書きすぎた。
そして何かいてるかわかんなくなってきた。
やはり、こういった何かを伝えたい時は下書きでもするべきなのか・・・・・・・。
まあ、垂れ流しがこの隋想記のコンセプトなんでこれでよしと言うことで。

ちなみに写真は、先日設置してきた、友人新築宅のポスト。
基本デザインはよくあるパターンかな。

03/27/2007 師匠との仕事
6,7年ぶりに師匠と組んで仕事をした。
現在師匠のところにいる、まあ、弟弟子になる奴らとのチームプレイなわけだ。
このチームプレイ自体が数年ぶり。
造形屋とは違う、作品を完成させていく行為を数人でやっていく。
この数年は完全に孤独にやってきたわけで、なんだか苦労や疲れもあったけどどちらかというと「とても楽しかった」という感じだ。
そして、改めて学ぶことが多い仕事だった。
ドンナ仕事も自分ひとりでやった方が早いと考えるほうだったので、師匠の下にいた時も『下のもの』を育てるという感覚も無かった。今、弟子のようなものもいないのは自ら招いたようなものだ。自分で選んだ孤独なわけだ。
今回の仕事で改めて師匠の懐の深さを実感したし弟子たちへのアドバイスの大切さもなんとなくだが理解した。
無性に弟子たちに伝えなければならない言葉がたれ流れてきた。なんだか必死だった。
おそらくは自分へもう一度言い正していたのだろう。
師匠への思い、作品への思い、作家としてやっていく思い。
それが伝わったかどうかはわからないが、いやというほどそれを垂れ流してしまった。
そして思うのだが、自分がこれほどの大仕事を立ち上げた時フォローしてくれる人たちが下にいるのだろうか。
現時点ではおそらくいない。俺の怠慢のせいだ。
これからそういった人材も育てていかねばなるまいな。
どんだけ一人の世界を作り上げても、それを表に出す時は人の力が必要なのだ。
孤独に徹して出来上がるものにはやはり限界がある。
世を巻き込むような作品には多くの人を巻き込む力が必要なのだ。
まあ、こんな偉そうな話はおいといて、今日からまた孤独な仕事になるかと思うと単純に寂しいのでした。

01/16/2007 ガゼボ
やっとこさ、大仕事が終わりました。ぱっと見大仕事振りがわからないかもしれませんが俺としては結構な大仕事だった。
大きさうんぬんよりも(まあ、大きさも結構なもので、半径4メートル高さも4メートル、たった一人でやるには十分にでかい)同じパターンのものを数百パーツ作ることがきつかった。
ぱっと思いついていくパターンを、思いつくままに美しく構成していく、と言うような仕事なら、どれだけサイズがでかくなっても、または、デザインに行き詰まりがあったとしても苦しくはない。(苦しくても辛くはない)しかし、始めにパターンを決めて、それに沿っていかなくてはならなくなると、専用の型や機械を持っているわけでもないので、パターンを作るだけでも大きな負担だ。
その上、それを規定の箇所にはめていくのだが、溶接と言うものは驚くほどにゆがみが出る。
小さければ細かく修正をかけながらやれるがでかくなるとよくわからなくなってくる。スターと時点で誤差なしで、中間2,3ミリぐらいの狂いも、最後には2,3センチになってたりする。
まあ、今回のものが円形だったせいなんだが。
ぐるっとつながっていく円形のものは誤差がどんどん連鎖していく。
たとえば進行方向に修正すると、後進方向にも誤差が出る。
基準点を取りづらいのだ。
てゆうかね、はじめに組んだ骨組みがフラットバーでやってしまったことが問題だったようだ。
パイプ状のものであればゆがみも最低限ですんだんだろうけどフラットバー(要するに板状のもの)
なもんだから手で押してもゆがむ。
もうね、こっちを引けばこっちが押されて、こっちを押すあっちが引くみたいな感じになっちゃって。
ランダムなデザインだったら最終的に「絵」になるように収められるんだけど決まったパターンだと間違いがあからさまに見える。
しかも、その決まったパターンも俺が手作業で作ってるから完璧な同一パターンでもない。
こりゃ、想像以上に「俺向き」の仕事じゃなかったな。
シンメトリックなモノはやはり難しい。
左右対称ぐらいならどうとでもなるけど半球は厳しかった。
いい経験だったけどね。
「もう、こんな仕事請けない」とは思わなかったなあ。
次はもっとうまくやる。なんとなくコツもわかったし。
まあ結局できたものはこの写真のヤツです。
左にあるドームが右下の柱の上に乗ります。
こういうものを「ガゼボ」と言うらしいです。
初めて知りました。

12/12/2006 とにもかくにも
とにもかくにもアトリエは存続することになりましたが、人集めは続行。
いい人が見つかるといいんですが。
個展搬入日の前日、オールで忘年会。
もうへろへろで搬入しました。
その翌日もオープニングで飲み。
ははは・・・。年末だねえ。

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