作品
経歴
論文
Yo Ota 実験映画作家:太田 曜
作品|STÄDEL

■STÄDEL
1985年/16ミリ/カラー/サイレント/7分
>>動画を見る

 戦後ヨーロッパの実験映画作家でもっとも重要な一人ペーター・クーベルカは、当時フランクフルトの美術大学シュテーデル(STÄDEL)で教えていた。フィルム(映画)とコッヘン(料理)の二つの授業は、どちらも非常に個性的だった。そのシュテ−デルでク−ベルカの元で学んでいた頃作った作品。シュテーデルの建物は二階まで吹き抜けになっていて、その二階の周囲を廊下が廻り、アトリエが口の字に並んでいた。吹き抜けの上からはトップライトが差し込んで、撮影には最適だった。手製の移動車にカメラを載せて廊下を廻るだけのワンカット・ワンシーンの移動撮影映画。撮影のコマ速は、使用したカメラ(アリフレックス16ST)のバリアブルモ−ターの能力一杯の48コマ/秒から4〜6コマ/秒まで緩やかに変化し続ける。途中アトリエに出入りする学生や教師等がその時々のコマ速で登場する。同一の画面内で複数の時間経過が行なわれるということでは『UN RELATIF HORAIRE No3』と発想は変わらないが、画面は合成されているのではなく、時間軸に従って時間経過のあり方が変化する。何周もした後、移動をスタートしたのと同じ場所で止まって映画は終わる。正面のアトリエのドアがその時計算したようにバタンと閉められた。


★ペーター・クーベルカ(Peter KUBELKA)1934年ウィーン生まれ。少年時代はウィーン少年合唱団に所属した。1964年にオーストリア・フィルム・ミュージアムを共同で創設。1967年に「芸術としての料理」の講座を始め、以降ヨーロッパで最も著名な料理研究家となる。1970年に、NYでアンソロジー・フィルム・アーカイヴスをジョナス・メカスらとともに開設。1978年よりフランクフルト、シュテーデル美術学校映画学部教授、その後学長。戦後ヨ−ロッパでもッとも重要な実験映画作家の一人だが作品は全部で6本、46分しかない。

■フィルモグラフィ
自信にモザイク Mosaik im Vertrauen
35ミリ/16分/白黒・カラー/1955
アデバー Adebar
35ミリ/1.5分/白黒/1957
シュベカター Schwechater (独語読みではシュベヒャター)
35ミリ/1分/カラー/1958
アルヌルフ・ライナー Arnulf Rainer
35ミリ/6.5分/白黒/1960
われらのアフリカ旅行 Unsere Afrikareise
16ミリ/12.5分/カラー/1966
パウゼ! Pause!
16ミリ/12分/カラー/1977


作品|STÄDEL
copyright(C)2005 Yo Ota All right Reserved.